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『ナイルの西で』終演後記(前編)


タイオンplan1「ナイルの西で」が終演した。






まずは、このご時世にご来場いただいたお客様、それは叶わずとも気にかけていただいたお客様、無理難題に献身してくださったキャスト、スタッフの皆様、本当にありがとうございました。また、感染対策を始め徹頭徹尾丁寧にサポートくださった中野ポケットスクエアの皆様にも、厚く御礼申し上げます。



さて、


千秋楽から1カ月以上が経過したあとで終演レポートの筆をとったのは、2つ要因がある。ひとつは、、年度末の雑務や旗揚げに伴う身辺整理でしばらくわちゃわちゃしていて、時間的に余裕が取れなかったこと。もうひとつは、この旗揚げの熱を少し冷ましてから、落ち着いて振り返りを行いたかったこと。


コロナ禍で旗揚げを決めて、準備して公演して終演して、という自分にとっても異質の作品となったので、やったー!おわったー!ありがとーう!またねー!というテンションから少し距離をとってから書いてみたかった。


もちろんこの文章を載せる媒体はホームページのブログだし、細かい反省をどこまで赤裸々に綴るのかいな、という話もある。数字的な反省や、創作的な課題は個々で反省を終えているので、ここにはもっと全体的な所感を残しておきたい。




前置きはこのくらいで。




 もともと俳優で勝負していたのが、ちょうど去年の今頃、ファースト緊急事態宣言中に「自分の団体を持って演劇をやってみたい」「最終的には自分の劇場を建てて演劇をやってみたい」という流れに傾き、旗揚げにこぎ着けた。


 全く新しい考えというわけではなく、演劇を始めた頃から薄ぼんやりと心の中にあった想いである。それを抱えたまま「今は俳優業」と割り切ることもできたし、もともとそのつもりだった。プロ野球でプレーしたことがない選手がプロ野球のコーチや監督になることが無いように、プレイヤーからマネージャーにキャリアアップしていく未来を夢見て、まずはプレイヤーとしての実績を積むつもりでいた。



 そこに未曽有の大感染症である。昨日までの日常が吹っ飛び、全く新しい価値観の中で身動きがとれなくなるというのは全く新鮮な体験だった。世の中から、まして国家から、「演劇はやめてください」なんて言われる日がくるなんて。死角から強烈な一撃を食らって何が何だかわからないままダウンした気分だった。



 ダウンしながら僕は思った。この調子じゃいつ死ぬかわからんな、と。この1年で、志村けんさんが逝き、三浦春馬さんが逝き、竹内結子さんが逝き、僕の爺ちゃんも逝き、本来はまだ笑っていたはずの数えきれない人々が手の届かない遠くへいった。南アフリカかイギリスかインドか(どうしてみんな旧大英帝国領)わからないけど、変異種がまたどこかでパワーアップして僕らの世代にも殺意を向けるウイルスにならないとも限らない。




 いつ死ぬかわからないなら、今すぐ今いちばんやりたいことに取り掛かるべきだと思った。最終的にはよし子さんと結婚するつもりでいるのに、今は経験を積んだ方がいいとか言って、ゆう子さんやたか子さんと付き合うのはよろしくない。目指す相手がいるのなら今すぐよし子さんにアプローチするのが筋である。それでもよし子さんが振り向いてくれるかはわからないのだから。誰だろう、よし子さん。



 僕にとってそれは自分で団体と劇場を運営して、おもしろい演劇をたくさん世に出すことだ。そのうちの何本かに自分が出ていれば120点である。今日や明日その結果が出るわけではなくとも、その結果に向けて踏み出すことは今からできるはずだ。明日告白するわけじゃないとしても、よし子さんがスピッツが好きなら、楓とロビンソンと空も飛べるはず以外の曲もカラオケで歌えるように準備するし、ドストエフスキーが好きならすぐに全集を買い込んで、誰が誰だかわからないロシア名に苦しみながら1ページずつ読み進めるのみである。



前置きはこれくらいで。(後編につづく)

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